2011年10月25日
原点
昨日新聞を見ていたら、元 ヤクルトスワローズのエースだった
松岡 弘氏(64歳)の記事が載っていました。
今でこそ優勝争いをするまでに強くなったヤクルトスワローズですが、
店主なるきちが小学生の頃は、万年最下位の弱いチームでした。
その時のエースが松岡 弘氏。
引退後は、コーチや解説者、社会人野球の監督を務めた後、
病気が原因で野球の世界から退いて、現在は釣り場の支配人をされているようです。
プロ野球のエースはお山の大将、そうじゃないとプロでは通用しない。と
聞いたことがあります。そのエースだった人がプロ野球と違う地味な世界で、
64歳と言う年齢で、こんなことをおっしゃっているのです。



この人凄いな~と記事を読んで勉強。
今思えば、酒庫なりよしの原点は『無名なお酒』でのスタートでした。
今でこそ「菊姫」や「上喜元」、「四季桜」は有名銘柄になりましたが、
新潟酒が全盛だった16年前の福岡ではまったくの無名なお酒でした。
その後に扱い始めた、「開運」や「大治郎」、「常山」、「鍋島」なども
当時は無名のお酒。
「地酒って看板に書いてあるから来たけど、そんなお酒知らない。」
なんてよく言われたものです。一週間に1本しか売れませんでした。
それから少しずつ味で買っていただくようになり、すこしずつ銘柄も増えました。
中には、酒質の変化や蔵元が目指す方向性の変化で扱いが無くなった銘柄もありますが、
有名で雑誌に紹介されて、黙っても売れる銘柄ではなく、
無名の小さな蔵が造るお酒を、お客様に説明しながら購入していただきました。
(といってもたくさんの本数を売れるほどの実力はありませんが・・・(^^;)
某有名銘柄の営業さんが来ましたが、断ったこともあります。
他の酒蔵さんに「バカだね~」って言われましたっけ(^^;
でも良いんです。今一度、原点に戻り
「小さくても、無名でも、一生懸命な酒蔵を応援します」
旨い地酒のある酒屋 酒庫なりよし
で、お客様に喜んでもらう!と肝に銘じました。
銘柄ではなく、味・味・味!!

umazake Saves The Earth
地図はこちら
松岡 弘氏(64歳)の記事が載っていました。
今でこそ優勝争いをするまでに強くなったヤクルトスワローズですが、
店主なるきちが小学生の頃は、万年最下位の弱いチームでした。
その時のエースが松岡 弘氏。
引退後は、コーチや解説者、社会人野球の監督を務めた後、
病気が原因で野球の世界から退いて、現在は釣り場の支配人をされているようです。
プロ野球のエースはお山の大将、そうじゃないとプロでは通用しない。と
聞いたことがあります。そのエースだった人がプロ野球と違う地味な世界で、
64歳と言う年齢で、こんなことをおっしゃっているのです。



この人凄いな~と記事を読んで勉強。
今思えば、酒庫なりよしの原点は『無名なお酒』でのスタートでした。
今でこそ「菊姫」や「上喜元」、「四季桜」は有名銘柄になりましたが、
新潟酒が全盛だった16年前の福岡ではまったくの無名なお酒でした。
その後に扱い始めた、「開運」や「大治郎」、「常山」、「鍋島」なども
当時は無名のお酒。
「地酒って看板に書いてあるから来たけど、そんなお酒知らない。」
なんてよく言われたものです。一週間に1本しか売れませんでした。
それから少しずつ味で買っていただくようになり、すこしずつ銘柄も増えました。
中には、酒質の変化や蔵元が目指す方向性の変化で扱いが無くなった銘柄もありますが、
有名で雑誌に紹介されて、黙っても売れる銘柄ではなく、
無名の小さな蔵が造るお酒を、お客様に説明しながら購入していただきました。
(といってもたくさんの本数を売れるほどの実力はありませんが・・・(^^;)
某有名銘柄の営業さんが来ましたが、断ったこともあります。
他の酒蔵さんに「バカだね~」って言われましたっけ(^^;
でも良いんです。今一度、原点に戻り
「小さくても、無名でも、一生懸命な酒蔵を応援します」
旨い地酒のある酒屋 酒庫なりよし
で、お客様に喜んでもらう!と肝に銘じました。
銘柄ではなく、味・味・味!!

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Posted by 店主なるきち at 12:28│Comments(0)
│地酒